検査の思い出1


「検査の思い出」というと、何か楽しい思い出でもあるのか、と思われてしまいそうですが、残念ながら、楽しい思い出は一つもありません。

ここで、思い出をお話しすることを通して、金融商品取引業者等の方が日々の業務で注意しなければならないことを書いていきましょう。

<一物ニ価>
証券会社は、顧客に、販売した商品の「時価」を提供することがあります。上場株式の場合、時価はまさに取引所でついている価格ですから、証券会社がわざわざ顧客に「これが時価です」と提供する必要はありませんが、取引所がないとか、発行総額が少ないとか、何かの理由で、いわゆる流動性が低い商品については、証券会社が時価を計算して顧客に提供してあげないと、顧客が自分が保有している有価証券の価値がわかりません。そこで、証券会社は、多くは月末基準で、場合によっては毎日、有価証券の価値=時価を計算して顧客に提供しているわけです。

この時価に関して起きた事件です。

事件のあらましを簡単に言ってしまいますと、私が所属していた証券会社と顧客とが同じ社債を持っていたところ、顧客には時価を60円(仮の数字です)として提供していたにもかかわらず、自身が持っていた同じ社債の価値を30円(これも仮の数字)と評価していたというものです。

「本当は30円の社債を顧客に60円と言うとは、顧客の粉飾決算に加担している!」というのが、検査官の主張でした。

社債は顧客の貸借対照表上、資産の部に載ります。仮に、顧客がこの社債を額面10億円持っていたとすると、10億円×30/100=3億円の価値しかないのに、6億円の価値があると顧客に伝えた結果、顧客は3億円分評価損が減っているわけだから、粉飾決算に加担していることになるという理屈です。

そもそも、どうして顧客には60円の価値があるといい、社内では30円の価値しかないと評価していたのか?

顧客に提供する時価を計算する部門(顧客部門)と自身が所有する有価証券の時価を計算する部門(自己部門)は異なります。

自己部門も普通に評価すると60円になることはわかっていました。わかっていましたが、発行者の信用リスクを自己部門なりに加味して、保守的に30円と評価していたというのが実態でした。

この実態を検査官に話したところ、「それじゃ、一物ニ価じゃないか!」と指摘されました。私は「それはそうですよ。一物ニ価どころか、三価だって四価だってありますよ。上場されていないんで評価はモデルを使いますが、モデルやパラメータが違えば、当然、結果は違ってきますから。」と反論しましたが、結局、「一物ニ価は認めらない」という指摘が残り、以後、その証券会社は顧客部門と自己部門の評価が一致しているかどうかを確認する部門を作りました。

粉飾決算に加担しているという意図はまったくありませんでしたが、60円と30円とでは開きが極端ですので、容認できないという指摘はごもっともの部分もあります。いずれにしても、証券会社は、顧客向けの時価情報と社内向けの時価評価とのかい離には目を配ることが必要です。

テーマ : 金融商品取引法
ジャンル : ファイナンス

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川崎善徳

Author:川崎善徳

<ブログの紹介>
金融商品取引法の体系としては、「金融商品取引法」、「金融商品取引法施行令」の他に、「定義府令」、「企業内容開示府令」、「特定有価証券開示府令」、「証券情報提供府令」、「金商業等府令」、「取引等規制府令」、「開示ガイドライン」などがあります。つまり、膨大だということです。

ただし、金融商品取引法が対象としているものは、2つしかありません。「有価証券」と「デリバティブ取引」です。これ以外のことを金融商品取引法は対象にしていません。また、金融商品取引法の規制には、3つの種類しかありません。「開示規制」、「業者規制(行為規制)」、「不公正取引規制」です。先に挙げた内閣府令はすべて(例外なく)、この3つのいずれかに関連しています。

開示規制は、上場会社や公募債発行の経験あるいは予定のある会社に関わる規制です。業者規制は、金融商品取引業者はもちろん、自主規制機関にも関わる規制です。不公正取引規制は、すべての人(個人・法人、居住者・非居住者を問わない)に関わる規制です。このため、膨大かつ難関な法律とされています。

このブログは、膨大かつ難解な金融商品取引法を、実務経験と知識に基づき、実務に役立つように、やさしく解説している、金融商品取引法の実務に関する日本初の、情報量で国内最大のブログです。

<プロフィール>
川崎善徳。1988年、慶應義塾大学文学部卒業、住友信託銀行に入社。1992年から証券業務のコンプライアンスを担当。1999年、転職し、アセットマネジメント会社や銀行のコンプライアンス部門を経て、BNPパリバ証券コンプライアンス部長、新生証券取締役コンプライアンス部長を歴任。2004年、行政書士登録。JSL行政書士事務所代表。

JSL行政書士事務所は、200社以上の金融商品取引業者との取引経験に基づき、金融商品取引業者の監査とコンサルティングを実施するコンサルティング・オフィス。また、金融商品取引業者のM&Aのアドバイザー、社内研修の講師、セミナーの講師も行っている。顧問契約を締結している金融商品取引業者は、証券会社(一種業者)、不動産信託受益権販売業者(二種業者)、事業型ファンド販売会社(二種業者)、不動産信託受益に関する助言業者(助言業者)、株券に関する助言業者(助言業者)、不動産AM(運用業者)他と多様な業種に及ぶ。

著書・雑誌:「金融商品取引法の基本がよくわかる本」(中経出版)、「金融商品取引法対応マニュアル」(住宅新報社)、「プレジデント」(取材)、「週刊金融財政事情」(取材)他

社内研修:東証一部上場会社、ジャスダック上場会社、上場会社の子会社、独立系企業、外資系企業と多岐にわたる金融商品取引業者の依頼に応じて日本全国で役員研修・社員研修を実施

セミナー講師:「投資助言業者のための検査対策」(金融財務研究会)、「第二種金融商品取引業者のための検査対策」(金融財務研究会、金融ファクシミリ新聞)、「第二種金融商品取引業者のための効果的な内部監査」(金融ファクシミリ新聞)

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JSL行政書士事務所代表
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1階
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