法定帳簿と定義2


正しく法定帳簿を作成するためには、金商法の定義規定の理解が欠かせません。

<有価証券の売買と注文伝票>
金商法で金融商品取引業として規定されている行為の最初に出てくるのは、「有価証券の売買」です。

有価証券の売買とは、有価証券を「自己の名義」で「自己の計算」で取引する行為のことです。

「自己の名義」とは、「金商業者の名前」という意味です。「自己の計算」とは、「金商業者のお金」という意味です。ですから、自己の名義で自己の計算でとは、金商業者の名前で金商業者のお金でという意味です。つまり、金商業者が自ら有価証券を買い付け、又は、金商業者が自ら有価証券を売り付ける行為が有価証券の売買です。

金商業者が有価証券を自ら買い付け又は売り付けると、取引の相手方との間で、「決済」が必要になります。決済部門は、営業部門から独立した業務部門でなければならないことは、前回お話しした通りです。ですから、有価証券の売買を営業部門が行った際には、営業部門は取引の内容を業務部門に伝達しなければなりません。

このとき必要な伝票が注文伝票です。

したがって、注文伝票は、金商業者が有価証券の売買を行ったときに、作成しなければならない法定帳簿だということになります。

<売買の対象となる有価証券>
「売買」「買付け」「売付け」という用語は、「既に発行された有価証券の取引」にしか使用できない用語です。

有価証券は、有価証券の発行者が有価証券を新たに発行するところから生じます。ですから、金商業者が有価証券の発行者から有価証券を取得する行為は、有価証券の買付けではありません。なぜなら、繰り返しになりますが、有価証券の買付けとは、「既に発行された」有価証券の取引だからです。発行者により「新たに発行される」有価証券を金商業者が取得する行為は、有価証券の「取得」であって、有価証券の「買付け」ではありません。

買付けとは、発行者以外の者から有価証券を買い付ける行為です。発行者から有価証券を取得する行為は「取得」といい、金商法は「買付け」と「取得」の意味を分けて使用しています。

発行者の方もしかりです。発行者が新たに有価証券を発行する行為は、「発行」であって「売付け」ではありません。

有価証券の売買(売付けと買付け)は、発行者が有価証券を発行した後に、既に発行された有価証券が取引されるときに行われる行為なのです。

だから、有価証券の売買が発生する場面は、発行者から有価証券を取得した者が、有価証券を転売するときか、転売された有価証券を買い付けた者がさらに有価証券を転売するときに限ります。

ここまで大丈夫でしょうか。

金商業者が、発行者から取得された有価証券が転売されるときに有価証券を買い付ける行為が、金商業者による有価証券の買付けであり、金商業者がさらに買い付けた有価証券を転売する行為が、金商業者による有価証券の売付けです。

金商業者に有価証券の「買付け」又は「売付け」が生じたときを「有価証券の売買」といい、既にお話ししている通り、金商業者がこのとき作成しなければならない法定帳簿が「注文伝票」です。

<受注日時と約定日時>
注文伝票には受注日時と約定日時を記載する必要があります。受注日時とは、顧客(投資家)から、有価証券を買いたい、あるいは、売りたいという注文を受けた日時のことです。注文を受け付けることを「受注」といいます。

約定日時とは、受注した取引が成立した日時のことです。

なぜ、注文伝票には受注日時と約定日時を記載しなければならないのか。また、なぜ時間まで記載しなければならないのか。

実務的な意味は2つあり、後日の顧客とのトラブルを避けるためと、フロントランニングを未然に防止するためです。

上場株式の売買に典型的にこの意味が現れます。

上場株式は刻一刻株価が変動します。顧客としては安く買いたい、高く売りたいという希望があります。顧客が上場株式を買い付けるとき、思っていた株価よりも高い株価で取引が成立すると、「なんでもっと早く買い付けてくれなかったんだ!」と金商業者に一言でも文句を言いたくなります。このとき、注文伝票に受注日時が記載されていれば、「いや、受注した時間が何時何分何秒なので、もっと早く買うことはできなかった!」と、金商業者は反論できます。

フロントランニングの未然防止とは、フロントランニングとは顧客の注文を利用して、先回りして金商業者が顧客のために成立した取引よりも有利な条件で自己(金商業者)の取引を成立させてしまうことですが、これでは顧客に忠実とは言えず、当然、条文をもって禁止されている違法行為ですが、注文伝票に受注日時が記載されていれば、フロントランニングをすると、違法行為が簡単にばれてしまうため、金商業者によるフロントランニングを抑制する効果があるわけです。

<信託受益権の受注日時と約定日時>
「信託受益権の売買では考えられないことだが」と考える人もいるかもしれませんが、それは、不動産信託受益権を想定しているからそう思うだけであって、注文が殺到するような超大型の金銭債権の流動化においては、上場株式と同じことが起こる可能性が否定できません。

だから、金商法は、有価証券の属性に関係なく、一律に、注文伝票には受注日時と約定日時を記載することを求めています。なお、ここで日時とは、「秒」まで含めた日時です。

実際、私のクライアントに聞くと「顧客から不動産信託受益権の買付注文があると、先回りして自己の計算で不動産信託受益権を買う時があるよ」と言っていますので(違法です)、不動産信託受益権においても、注文伝票に受注日時と約定日時を記載する意味があるようです。

テーマ : 金融商品取引法
ジャンル : ファイナンス

プロフィール

川崎善徳

Author:川崎善徳

<ブログの紹介>
金融商品取引法の体系としては、「金融商品取引法」、「金融商品取引法施行令」の他に、「定義府令」、「企業内容開示府令」、「特定有価証券開示府令」、「証券情報提供府令」、「金商業等府令」、「取引等規制府令」、「開示ガイドライン」などがあります。つまり、膨大だということです。

ただし、金融商品取引法が対象としているものは、2つしかありません。「有価証券」と「デリバティブ取引」です。これ以外のことを金融商品取引法は対象にしていません。また、金融商品取引法の規制には、3つの種類しかありません。「開示規制」、「業者規制(行為規制)」、「不公正取引規制」です。先に挙げた内閣府令はすべて(例外なく)、この3つのいずれかに関連しています。

開示規制は、上場会社や公募債発行の経験あるいは予定のある会社に関わる規制です。業者規制は、金融商品取引業者はもちろん、自主規制機関にも関わる規制です。不公正取引規制は、すべての人(個人・法人、居住者・非居住者を問わない)に関わる規制です。このため、膨大かつ難関な法律とされています。

このブログは、膨大かつ難解な金融商品取引法を、実務経験と知識に基づき、実務に役立つように、やさしく解説している、金融商品取引法の実務に関する日本初の、情報量で国内最大のブログです。

<プロフィール>
川崎善徳。1988年、慶應義塾大学文学部卒業、住友信託銀行に入社。1992年から証券業務のコンプライアンスを担当。1999年、転職し、アセットマネジメント会社や銀行のコンプライアンス部門を経て、BNPパリバ証券コンプライアンス部長、新生証券取締役コンプライアンス部長を歴任。2004年、行政書士登録。JSL行政書士事務所代表。

JSL行政書士事務所は、200社以上の金融商品取引業者との取引経験に基づき、金融商品取引業者の監査とコンサルティングを実施するコンサルティング・オフィス。また、金融商品取引業者のM&Aのアドバイザー、社内研修の講師、セミナーの講師も行っている。顧問契約を締結している金融商品取引業者は、証券会社(一種業者)、不動産信託受益権販売業者(二種業者)、事業型ファンド販売会社(二種業者)、不動産信託受益に関する助言業者(助言業者)、株券に関する助言業者(助言業者)、不動産AM(運用業者)他と多様な業種に及ぶ。

著書・雑誌:「金融商品取引法の基本がよくわかる本」(中経出版)、「金融商品取引法対応マニュアル」(住宅新報社)、「プレジデント」(取材)、「週刊金融財政事情」(取材)他

社内研修:東証一部上場会社、ジャスダック上場会社、上場会社の子会社、独立系企業、外資系企業と多岐にわたる金融商品取引業者の依頼に応じて日本全国で役員研修・社員研修を実施

セミナー講師:「投資助言業者のための検査対策」(金融財務研究会)、「第二種金融商品取引業者のための検査対策」(金融財務研究会、金融ファクシミリ新聞)、「第二種金融商品取引業者のための効果的な内部監査」(金融ファクシミリ新聞)

メールマガジン:、読者数国内最多の金融商品取引法専門メールマガジンを金融商品取引業者と金融当局に配信中

JSL行政書士事務所代表
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1階
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