証券取引等監視委員会検査-150602号外


10年以上前、私は、臨店検査真っ最中だったある証券会社のコンプライアンス部門に、いわゆる平社員で転職しました。

まだ、会社のこともまったくわかっていなかったですし、臨店検査も途中から参加したので、役に立つ前に臨店検査が終わってしまいました。臨店検査終了から数か月後に金融庁から言い渡されたのは「業務停止命令」でした。

業務停止命令と同時に「業務改善命令」が出ていましたので、「業務改善報告書」の提出も命じられました。業務改善報告書の提出期限は、命令が出てから1か月しかありませんでした。

私の入社前からいたコンプライアンス部門の職員は、検査結果が明らかになると、定時に退社していきました。業務改善報告書の締切りまで1か月を切ったというのにです。

業務改善報告書は、全部合わせると50ページ以上になる大作です。誰も手を付けないので、私が作成することを買って出ました。担当を任された私は、毎晩、夜中の3時までかけて、大作に取り組みました。

ただ、私は、業務改善命令の原因となった法令違反の内容も知りません。聞こうにも、会社の中の知人といえば面接をした経営陣だけで、知り合いもいませんでした。仕方なく、帰宅しようとするコンプライアンス部員を捕まえては、法令違反の内容や関与した職員の名前を教えてもらいました。

私は関与した職員に突撃インタビューをして、事件の真相を聞きました。彼は丁寧に教えてくれました。他にも関与した人がいると聞き、日中は片っ端からインタビューを繰り返し、夜になると、インタビューの結果を踏まえて、業務改善報告書を書き進めました。

こんな私は、入社早々、コンプライアンス部で孤立感を強めることになりました。「川崎は、夜中まで何をしているんだ。締切り直前に全員で取り組めば何とかなるじゃないか」という具合で、スタンドプレーに見られたようです。

業務改善報告書には、再発防止策を書かなければなりません。そこで、私は、臨時にコンプライアンス研修を開催し、会ったこともない関係各部の役職員を集めて研修を実施しました。幸い、声をかけた役職員は全員参加してくれました。

業務改善報告書の締切りが近づいたころ、従来からいたコンプライアンス部員が「何かやろうか?」と言ってきてくれましたが、既にもう少しで完成するところでしたので、お断りしました。

遂に締切日を迎えたときには、業務改善報告書は完成し、何とか金融庁に受付けてもらうことができました。

どっと疲れた私ですが、そのときには、入社からわずか3か月で退職することを決めていました。コンプライアンス部でうまくやっていく自信がなかったからです。

経営者に退職願いを出そうとしたとき、経営者の方から声をかけてきました。何事か、と思いながら部屋に入ると「コンプライアンス部長を引き受けて欲しい」というオファーでした。なぜかと聞くと、社内での評判が良いという話でした。協力してくれた大勢の社員が経営陣に話したんだと思いました。

当時、私はまだ30代の平社員。1000人近くいた会社のコンプライアンス部長として若すぎるし、辞めようと思っていたこともあり、悩みましたが、後押ししてくれる人が何人も現れ、私は引き受けることにしました。

引き受けた私は、社内のコンプライアンス体制の大改革を推し進めました。3年後、再び、証券取引等監視委員会の検査があったときには、「指摘事項なし」の検査結果を勝ち取ることができました。

<なぜ「指摘事項なし」を勝ち取れたのか>
さて、以上の話から、この会社が証券取引等検査の結果、「指摘事項なし」の検査結果を勝ち取った勝因は何でしょうか。私が、コンプライアンス部長になったからでしょうか。私が、コンプライアンス体制の大改革を推し進めたからでしょうか。

違います。

私は、ファシリテーターになっただけです。勝因は、経営者以下役職員全員が結束して、検査で指摘を受けないために、積極的なアクションを取ったからです。

例えば、私は、社内研修という場を設けることはしましたが、すべての役職員が参加しなかったり、いやいや参加したりしている状況だっとすると、間違いなく、私のコンプライアンス体制の大改革は成功しなかったでしょう。

また、経営者自らが、コンプライアンスを経営の最重要課題であると認識していたことも、成功した要因の一つです。経営者が、営業や業績を優先して、得てしてブレーキ役になりがちなコンプライアンスは二の次と考えていたら、会社全体に「コンプライアンスは二の次」という文化が広がり、やはり、成功はなしえなかったに違いありません。

「経営者は、業績を伸ばし、利益を上げて、従業員の生活を守ることが大切なんだ!」という経営者がいることは確かですが、そんなこと偉そうにいうことではなく、当たり前のことであって、それができないなら経営者を辞めた方が良いです。経営者は、業績のアップばかりでなく、社員のモチベーションアップ、コンプライアンス体制の構築など、経営課題を幅広くとらえ、中でも、経営の根幹にかかわるコンプライアンス体制の構築を、経営の最重要課題と位置付ける必要があります。

経営者を含む役職員全員が一致団結しない限り、コンプライアンス体制の構築は不可能です。

なお、コンプライアンス担当者の中には「検査対策などというものをやると、検査のときにかえってマイナス」と考える方が散見されますが、事実は逆です。検査官は、金融商品取引業者に対して、検査対策をすることを求めています。やってなければ、むしろ、「なんで検査対策をしていないのか」とマイナスの印象を検査官に与えます。

コンプライアンス体制の構築に悩まれているコンプライアンス部門の責任者の方がいるとすれば、最初にやるべきこと、全エネルギーを注ぐべきことは、役職員のコンプライアンス・マインドの醸成です。コンプライアンス部門だけで、コンプライアンス体制の改革など、絶対にできません。

テーマ : 金融商品取引法
ジャンル : ファイナンス

プロフィール

川崎善徳

Author:川崎善徳

<ブログの紹介>
金融商品取引法の体系としては、「金融商品取引法」、「金融商品取引法施行令」の他に、「定義府令」、「企業内容開示府令」、「特定有価証券開示府令」、「証券情報提供府令」、「金商業等府令」、「取引等規制府令」、「開示ガイドライン」などがあります。つまり、膨大だということです。

ただし、金融商品取引法が対象としているものは、2つしかありません。「有価証券」と「デリバティブ取引」です。これ以外のことを金融商品取引法は対象にしていません。また、金融商品取引法の規制には、3つの種類しかありません。「開示規制」、「業者規制(行為規制)」、「不公正取引規制」です。先に挙げた内閣府令はすべて(例外なく)、この3つのいずれかに関連しています。

開示規制は、上場会社や公募債発行の経験あるいは予定のある会社に関わる規制です。業者規制は、金融商品取引業者はもちろん、自主規制機関にも関わる規制です。不公正取引規制は、すべての人(個人・法人、居住者・非居住者を問わない)に関わる規制です。このため、膨大かつ難関な法律とされています。

このブログは、膨大かつ難解な金融商品取引法を、実務経験と知識に基づき、実務に役立つように、やさしく解説している、金融商品取引法の実務に関する日本初の、情報量で国内最大のブログです。

<プロフィール>
川崎善徳。1988年、慶應義塾大学文学部卒業、住友信託銀行に入社。1992年から証券業務のコンプライアンスを担当。1999年、転職し、アセットマネジメント会社や銀行のコンプライアンス部門を経て、BNPパリバ証券コンプライアンス部長、新生証券取締役コンプライアンス部長を歴任。2004年、行政書士登録。JSL行政書士事務所代表。

JSL行政書士事務所は、100社以上の金融商品取引業者との取引経験に基づき、金融商品取引業者の監査とコンサルティングを実施するコンサルティング・オフィス。また、金融商品取引業者のM&Aのアドバイザー、社内研修の講師、セミナーの講師も行っている。顧問契約を締結している金融商品取引業者は、証券会社(一種業者)、不動産信託受益権販売業者(二種業者)、事業型ファンド販売会社(二種業者)、不動産信託受益に関する助言業者(助言業者)、株券に関する助言業者(助言業者)、不動産AM(運用業者)他と多様な業種に及ぶ。

著書・雑誌:「金融商品取引法の基本がよくわかる本」(中経出版)、「金融商品取引法対応マニュアル」(住宅新報社)、「プレジデント」(取材)、「週刊金融財政事情」(取材)他

社内研修:東証一部上場会社、ジャスダック上場会社、上場会社の子会社、独立系企業、外資系企業と多岐にわたる金融商品取引業者の依頼に応じて日本全国で役員研修・社員研修を実施

セミナー講師:「投資助言業者のための検査対策」(金融財務研究会)、「第二種金融商品取引業者のための検査対策」(金融財務研究会、金融ファクシミリ新聞)、「第二種金融商品取引業者のための効果的な内部監査」(金融ファクシミリ新聞)

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JSL行政書士事務所代表
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1階
電話:03-5533-8785
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