検査とコンプライアンス・オフィサー1


私は、金融庁・証券取引等監視委員会の検査を延べ11回受けていますが、今回から、検査の臨場感を疑似体験して頂くために、私の検査経験をまとめてみます。かなり古い経験なので、現在の検査とは様相が異なりますが、読者の参考になればと思います。

なお、当時は、検査について「第三者非開示義務」がありませんでしたから、私はこうして書きますが、現在の検査は、第三者に開示することはできませんので、注意してください。



今から15年ほど前の年の2月13日、バレンタインデーの前日の朝、起きてみると体が重かった。体温を図ると39度を超えていました。普段なら、間違いなく会社を休んでいたところですが、なぜかその日は「内科に寄ってから向かうので少し遅れる」と会社に電話をして出かけました。

内科で体温を図りなおすと、39度8分まで上がっていた。すぐに点滴行となり、会社には「点滴となったので予定より遅れる」とメールをして点滴を打つために横になりました。熱と点滴で眠っていると、マナーモードにしてパンツ(当時はデニム通勤だった)のポケットに入れてあった携帯電話の振動で起こされました。見ると、秘書からの電話でした。

「遅れるって言ったのに、何だよ」と不快に思い、携帯にでないでいると間もなく切れました。点滴は約1時間でしたが、この間、秘書からの電話は3回を超えました。

点滴が終わり、解熱剤をもらって向かった会社の1階の受付の女性が私を見るとニコニコしながら「大変ですね」といいました。私は、てっきり風邪のことを聞いたのだと思い「大丈夫」と答え、エレベータで6階の自分のオフィスに向かいました。

オフィスは、法務コンプライアンス部員だけで仕切られた部屋(当時は法務コンプライアンス部の部屋は仕切られている義務があった)に入ると、何度も電話をしていた秘書も含め、誰もいませんでした。

「何かおかしい」と気づいた私の脳裏に浮かんだのは「検査」でした。当時、私は、30代半ば。検査だとすると、1998年の日本版ビッグバン(規制緩和)後、本格的な検査を受けるのは初めてになります。当時勤めていた会社は、グループで銀行と証券があり、私は証券のコンプライアンス担当者でした。他に、コンプライアンス関係者は、部長と銀行担当者と秘書で、私を含め、合計4人、残り3人は法務担当者でした。

私が、しばらく部屋に一人で座っていると、電話がなりました。「すぐに銀行の副支店長(日系でいう副社長)の部屋まで来てください」という副支店長の秘書からの電話でした。私は、銀行の担当者ではないから、銀行で起きていることは何も知らないと伝えると、「Oさん(銀行のコンプライアンス担当者)は、今日、休みだそうです」という。すぐに行くと返事をして電話を切ると、立て続けに電話がなり始めました。全員が私を呼んでいる。間違いなく検査であると確信しました。

証券コンプライアンス担当の私は当然、証券職員からの電話を優先して向かいました。そこは、ディーリングルームと呼ばれるトレーダーやセールスが大きな部屋に大勢入っている部屋でした。入った瞬間、私の目に飛び込んできた光景は、想像を超えていました。検査官らしき人が、約10人、あちこちに立ち、職員に大声で怒鳴っています。職員は、ほぼ全員が立っていました。何にも手を触れてはいけないと言われたらしいのです。

現在の検査ではあり得ませんが、昔の検査は怒鳴る検査官が多くいました。後ろめたさがある従業員は精神的に耐えられず、臨店検査期間中に辞める者も少なくなく、この検査でも、約20人が臨店検査期間中に会社を去ったと記憶しています。

後でわかったことですが、この日、入った検査官の数は、銀行には金融庁から6名、証券には金融庁から7名(当時は、金商業者にも金融庁検査が必ず入っていた)、証券取引等監視委員会から7名の合計20名でした。これも、後で大変なことになる原因となるのですが、銀行のコンプライアンス担当者は、こともあろうに、肺炎になり、診断書に従い、この日から2週間出社しませんでした。当然ですが、彼女に同情する者はゼロで、後に、這ってでも来いということになります。金商業者のみならず、今の若手検査官にも想像もつかないと思いますが、当時の検査は、文字通り、命がけでした。

ディーリングルームで検査官に詰め寄られていた職員のそばに行くと、検査官に怒鳴られていました。中に割って入ると、机の中身を全部机の上に出せと検査官から言われているのに、私物があるから全部は出せないとごねていました。当然、検査官は「検査忌避(※)だ!」と怒鳴っていたのです。私が職員に「会社にあるもので私物はない」と話すと、諦めた職員が机の中身を出し始め、ここは片付きました。いくつか片づけて、私は、銀行の副支店長の部屋に行きました。

(※)「平成27 年度証券検査基本方針及び証券検査基本計画」にも、「検査忌避等、検査の実効性を阻害する行為が見られた場合には、証券監視委の使命を十分果たしていくため、厳正に対処していく」とあります。「検査の進行を阻害する行為」はすべて検査忌避で、最悪懲役刑です。検査忌避の範囲は、想像以上に広いです。

副支店長室には銀行担当の主任検査官がいました。主任検査官に挨拶すると、最初に、私の到着が遅くなったことに対して叱られました。「私は担当ではない」と言いたくても、社内の決めの問題であって、検査官には関係のない話なので、反論できずに謝りました。

次に「この銀行は、副支店長がコンプライアンス担当役員だと説明を受けたので来てみたら、コンプライアンス担当役員ではないというんだよ」といいます。日系・外資を問わず、当時のコンプライアンス担当役員は、「お飾り」が少なくありませんでした。だから、本人に意識がなかったのも無理からぬことでした。でも、これでは副支店長の発言は虚偽になってしまい、検査忌避です。副支店長に説明し、ようやく、彼はコンプライアンス担当役員である(らしい)ことを認めました。

この日、私は、約20人の検査官全員に会うことになりました。また、実質、銀行と証券を合わせ約500人の役職員の会社で、コンプライアンス担当者が私一人になっていたため、金融庁(銀行・証券)、証券取引等監視委員会の3つの検査を同時に受けることになりました。2か月続いた臨店検査中の平均睡眠時間は2時間もありませんでした。

テーマ : 金融商品取引法
ジャンル : ファイナンス

プロフィール

川崎善徳

Author:川崎善徳

<ブログの紹介>
金融商品取引法の体系としては、「金融商品取引法」、「金融商品取引法施行令」の他に、「定義府令」、「企業内容開示府令」、「特定有価証券開示府令」、「証券情報提供府令」、「金商業等府令」、「取引等規制府令」、「開示ガイドライン」などがあります。つまり、膨大だということです。

ただし、金融商品取引法が対象としているものは、2つしかありません。「有価証券」と「デリバティブ取引」です。これ以外のことを金融商品取引法は対象にしていません。また、金融商品取引法の規制には、3つの種類しかありません。「開示規制」、「業者規制(行為規制)」、「不公正取引規制」です。先に挙げた内閣府令はすべて(例外なく)、この3つのいずれかに関連しています。

開示規制は、上場会社や公募債発行の経験あるいは予定のある会社に関わる規制です。業者規制は、金融商品取引業者はもちろん、自主規制機関にも関わる規制です。不公正取引規制は、すべての人(個人・法人、居住者・非居住者を問わない)に関わる規制です。このため、膨大かつ難関な法律とされています。

このブログは、膨大かつ難解な金融商品取引法を、実務経験と知識に基づき、実務に役立つように、やさしく解説している、金融商品取引法の実務に関する日本初の、情報量で国内最大のブログです。

<プロフィール>
川崎善徳。1988年、慶應義塾大学文学部卒業、住友信託銀行に入社。1992年から証券業務のコンプライアンスを担当。1999年、転職し、アセットマネジメント会社や銀行のコンプライアンス部門を経て、BNPパリバ証券コンプライアンス部長、新生証券取締役コンプライアンス部長を歴任。2004年、行政書士登録。現在、JSL行政書士事務所代表。多数の金融商品取引業者の顧問に就任。

JSL行政書士事務所は、100社以上の金融商品取引業者との取引経験に基づき、金融商品取引業者の監査とコンサルティングを実施するコンサルティング・オフィス。また、金融商品取引業者のM&Aのアドバイザー、社内研修の講師、セミナーの講師も行っている。顧問契約を締結している金融商品取引業者は、証券会社(一種業者)、不動産信託受益権販売業者(二種業者)、事業型ファンド販売会社(二種業者)、不動産信託受益に関する助言業者(助言業者)、株券に関する助言業者(助言業者)、不動産AM(運用業者)他と多様な業種に及ぶ。

著書・雑誌:「金融商品取引法の基本がよくわかる本」(中経出版)、「金融商品取引法対応マニュアル」(住宅新報社)、「プレジデント」(取材)、「週刊金融財政事情」(取材)他

社内研修:東証一部上場会社、ジャスダック上場会社、上場会社の子会社、独立系企業、外資系企業と多岐にわたる金融商品取引業者の依頼に応じて日本全国で役員研修・社員研修を実施

セミナー講師:「投資助言業者のための検査対策」(金融財務研究会)、「第二種金融商品取引業者のための検査対策」(金融財務研究会、金融ファクシミリ新聞)、「第二種金融商品取引業者のための効果的な内部監査」(金融ファクシミリ新聞)

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JSL行政書士事務所代表
〒100-0005 東京都千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1階
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