私募債販売の新ルール


12月15日のメールマガジンからの抜粋です。



報道によると、日本証券業協会(証券会社の自主規制機関)が、私募債の販売ルールを新たに設けるようです。アーツ証券事件等を受けた、私募債の販売の健全化を目的とした対策だと思います。

今日は、この解説をします。

私募債の販売の健全化のために、具体的には、以下の3つの義務を証券会社に課すものになるようです。

1 私募債の販売に先立ち、私募債の発行会社の財務状況や(証券化商品等の場合)私募債の仕組みに関する審査(事前審査)を行う義務

2 私募債の販売後、私募債の発行会社の財務状況や(証券化商品等の場合)裏付け資産の健全性に関するモニタリングを行う義務

3 審査及びモニタリングの結果を投資家に説明する義務

以下に見るように、このルールは矛盾を含んでいます。

<私募債>
私募債という単語は、金商法の用語ではないので、私募債を金商法の観点から定義する必要があります。

金商法に従って私募債を定義すると、私募債とは、「法人が私募で発行する社債」のことです。

定義のうち、「法人」と「社債」の意味は明らかだと思いますので、「私募」の意味について説明すると、私募とは、有価証券の発行者が行う、新たに発行される有価証券(まだ発行されていない・発行計画だけがある段階の有価証券)の取得勧誘のうち、次の3つのいずれかに該当する行為です。

1 適格機関投資家に向けて行う取得勧誘(プロ私募)

2 特定投資家に向けて行う取得勧誘

3 50名未満の投資家に向けて行う取得勧誘(少人数私募)

「取得勧誘」の定義は、金商法を理解していないと難しいのですが、取得勧誘の意味を正しく理解することは、ここでの本筋ではないため、正確性を犠牲にすると、「販売」のことだと思っておいて差し支えありません。

私募には、3つの種類がありますが、今回問題になっている行為は、理論的に、「少人数私募」のみです。証券会社に、適格機関投資家を含む特定投資家に対する説明義務がないからです。

証券会社に説明義務があるのは、有価証券を「一般投資家」に販売する場面だけですから、「50名未満の投資家」の「投資家」とは、一般投資家のことです。

以上から、報道が言っている「私募債」とは、「法人が、50名未満の一般投資家に向けて行う販売の対象となる社債」のことです。

ただ、日本証券業協会が設ける規制の対象となるのは、証券会社のみですから、販売主体は、証券会社が想定されています。

私募とは、あくまで、有価証券を発行する法人の行為であり、証券会社が有価証券を発行する法人に代わって、投資家に有価証券を販売する行為を「私募の取扱い」と言います。

以上に従って、私募債の定義を再度行うと、私募債とは、「証券会社が、50名未満の一般投資家に向けて行う販売の対象となる社債」のことです。

なお、私募債の対義語として「公募債」(これも金商法の用語ではない)がありますが、私募債と公募債の最大の違いは、社債の発行者に、有価証券届出書の提出義務があるかないかという点です。

公募債を発行する会社は、有価証券届出書の提出義務があり、私募債を発行する会社には、有価証券届出書の提出義務がありません。

有価証券届出書とは、有価証券を発行する会社の財務状況などの「企業情報」、発行される有価証券に関する「証券情報」が記載された書面のことで、提出された有価証券届出書の内容は、インターネットを通じて、誰でも閲覧することができます。

有価証券届出書の提出が行われた有価証券のことを「開示が行われた有価証券」と言います。ここで、「開示」とは、企業情報や証券情報などの情報の開示のことです。

<50名未満>
私募債を発行する会社には、開示義務が課されていないわけですが、なぜでしょうか。

私募債を取得する(日常用語では「買う」)投資家は、発行者の情報や発行される社債の情報を知っている者が想定されているからです。

私募債と公募債の境界線が、「50名」になっている理由は、50人以上になると、さすがに、社債を取得する者全員が、発行者の情報や社債の情報を知っているとは限らないからです。

以上から、私募債を取得する者は、発行者に縁故のある者が予想されるため、私募債は、「縁故債」とも呼ばれます。

縁故債なのだから、本来、私募債の販売を行う証券会社に、審査やモニタリングを行った結果を投資家に説明する義務を課す必要はありません。投資家は、証券会社からの説明を待つまでもなく、(証券会社以上に)発行者や発行される有価証券の情報を持っていることが想定されるからです。

これが、第一の矛盾。

<審査・モニタリング>
証券会社は、発行者の財務状況などを、事前に(販売時に)審査し、事後に(販売後に)モニタリングをすることが義務付けられるというわけですが、証券会社は、私募債を買うのではなく、投資家に販売するだけです。

社債を持ってない証券会社に、どこの発行会社が、財務状況などを開示するのでしょうか。

これが、第二の矛盾です。

<代替案>
以上から、日本証券業協会が証券会社に義務付けようとしている私募債販売のルールは、矛盾を含んでいて、実務上、機能するとは思えません。

義務違反者となった証券会社には5億円の過怠金を科すと報道されていますが、機能しないルールに基づいて5億円の過怠金支払義務が生じるとなれば、私募債を販売する証券会社がいなくなってもおかしくありません。

「私募債なんて、販売できなくしてしまえばいい」と考えるのは早計で、中小企業の資金繰りに私募債は有効であり、中小企業の支援のために、証券会社による私募債の販売は、存在し続ける意味があります。

では、私募債の販売の健全化を図るのであれば、どういうルールを作ればよいのか。

結論から言うと、証券会社に審査義務やモニタリング義務を課すのではなく、「私募債の引受け義務」を課せば良いのです。

日本証券業協会のルールには、「有価証券の引受け等に関する規則」という規則が存在します。

この規則によれば、有価証券の引受けを行う証券会社には、「引受審査業務」を行う義務があります。

引受審査業務は、以下の通り定義されています。

「発行者から収集した資料及び情報その他必要に応じて収集した資料及び情報を基に、引受けを行う会員が果たすべき責任を全うするために必要な引受審査を行い、有価証券の引受けの可否の判断(以下「引受判断」という。)の基となる審査意見を形成する業務をいう。」

要するに、引受審査を行う業務のことです。

ここで、「有価証券の引受け」とは、金商法に定義されている有価証券の引受けのことで、会社法の引受けとは異なります。

有価証券の引受けには、以下の2つの種類があります。

1 証券会社が、投資家に販売する目的で、有価証券の発行者から有価証券を取得する行為(買取引受け)

2 証券会社が、有価証券の発行者との間で、売れ残りが生じたら自ら取得することを内容とする契約を締結する行為(残額引受け)

証券会社に私募債の引受けを義務付ければ、投資家が縁故者であるか否かにかかわりなく、証券会社は、事前審査として、引受審査を行うことになりますし、引受けを行うくらいであるため、発行者と密接な関係を持つことになることから(特に、買取引受けは密接な関係が必須)、原案では発行者の反発が予想されるモニタリングを実施することが容易になります。

さらに、有価証券の引受けを行う証券会社は、5億円以上の資本金を要求されることから、資本金要件を満たさない証券会社をめぐって、大手・準大手証券会社を巻き込んだ、証券会社の再編が起き、証券会社の財務・業務の健全性につながることも期待されます。

なお、現在の「有価証券の引受け等に関する規則」は、有価証券の募集又は売出しに係る場面においてのみ適用があることから、有価証券の私募に係る場面にも適用されるように改正が必要です。



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川崎善徳

Author:川崎善徳

<ブログの紹介>
金融商品取引法の体系としては、「金融商品取引法」、「金融商品取引法施行令」の他に、「定義府令」、「企業内容開示府令」、「特定有価証券開示府令」、「証券情報提供府令」、「金商業等府令」、「取引等規制府令」、「開示ガイドライン」などがあります。つまり、膨大だということです。

ただし、金融商品取引法が対象としているものは、2つしかありません。「有価証券」と「デリバティブ取引」です。これ以外のことを金融商品取引法は対象にしていません。また、金融商品取引法の規制には、3つの種類しかありません。「開示規制」、「業者規制(行為規制)」、「不公正取引規制」です。先に挙げた内閣府令はすべて(例外なく)、この3つのいずれかに関連しています。

開示規制は、上場会社や公募債発行の経験あるいは予定のある会社に関わる規制です。業者規制は、金融商品取引業者はもちろん、自主規制機関にも関わる規制です。不公正取引規制は、すべての人(個人・法人、居住者・非居住者を問わない)に関わる規制です。このため、膨大かつ難関な法律とされています。

このブログは、膨大かつ難解な金融商品取引法を、実務経験と知識に基づき、実務に役立つように、やさしく解説している、金融商品取引法の実務に関する日本初の、情報量で国内最大のブログです。

<プロフィール>
川崎善徳。1988年、慶應義塾大学文学部卒業、住友信託銀行に入社。1992年から証券業務のコンプライアンスを担当。1999年、転職し、アセットマネジメント会社や銀行のコンプライアンス部門を経て、BNPパリバ証券コンプライアンス部長、新生証券取締役コンプライアンス部長を歴任。2004年、行政書士登録。JSL行政書士事務所代表。

JSL行政書士事務所は、200社以上の金融商品取引業者との取引経験に基づき、金融商品取引業者の監査とコンサルティングを実施するコンサルティング・オフィス。また、金融商品取引業者のM&Aのアドバイザー、社内研修の講師、セミナーの講師も行っている。顧問契約を締結している金融商品取引業者は、証券会社(一種業者)、不動産信託受益権販売業者(二種業者)、事業型ファンド販売会社(二種業者)、不動産信託受益に関する助言業者(助言業者)、株券に関する助言業者(助言業者)、不動産AM(運用業者)他と多様な業種に及ぶ。

著書・雑誌:「金融商品取引法の基本がよくわかる本」(中経出版)、「金融商品取引法対応マニュアル」(住宅新報社)、「プレジデント」(取材)、「週刊金融財政事情」(取材)他

社内研修:東証一部上場会社、ジャスダック上場会社、上場会社の子会社、独立系企業、外資系企業と多岐にわたる金融商品取引業者の依頼に応じて日本全国で役員研修・社員研修を実施

セミナー講師:「投資助言業者のための検査対策」(金融財務研究会)、「第二種金融商品取引業者のための検査対策」(金融財務研究会、金融ファクシミリ新聞)、「第二種金融商品取引業者のための効果的な内部監査」(金融ファクシミリ新聞)

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